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文久三(1863)年、梅雨の明けた京都。
夜も遅いというのに人々の行き交いが絶えない花街――島原のとある遊郭の一室。
蝋燭(ろうそく)のか細い火だけが部屋を照らす灯りの中、艶めかしい女の喘ぎ声だけが小さく反響していた。
「……っぁん」
快楽に溺れる女は男が侮蔑を帯びた目で見下していることに気付かない。
そう、男にとってこれは単なる遊戯に過ぎない。
そこに恋情などありはしないのだ。
そんな事も解らずに自分にすり寄ってきた女が滑稽で鼻で笑いそうになる。
女は汗ばんだ腕を男の首に巻き付け、彼の名を舌に乗せる。
「久坂はんっ……」
「……何、でしょう?」
男――久坂は女の言わんとしていることに察しがついたのか、すっと目を細めた。
「愛してる、て言うて?」
女はそう懇願した。
やはり、という副詞の後に久坂の心の中で感想が吐き捨てられる。
(くだらねぇ、本当に)
だが、所詮これは一時の気休め。
そう割り切った久坂は女の耳元で甘く囁く。
「愛してますよ」
飾り立てられた中身のない言葉を合図に二人は果てた。
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