巡り逢い

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西の空が茜色から濃紺に変わり始めた刻のことである。 創業八十年を誇る老舗旅館であるここ、霞屋はきめ細かな応対と客を選ばないことで名が知られていた。 歴史を感じさせる趣ある粛然とした佇まいとは裏腹に中は小綺麗で広々としている。 そんな霞屋の裏口から笠を目深にかぶった二人の青年が入ってきていた。 「キャーッ!」 「ちょっと! あれ、久坂はんに吉田はんやないの!」 「素敵やわぁ……」 人目を忍んでわざわざ裏口からやってきたであろうに女中たちがいっせいにざわめき、彼らの意志も無駄になる。 一人は眉目秀麗、凄腕彫刻家によって彫られたのかと思うほどの完成された容姿を備え、髪は上でしっかりと結われており、体格も良い青年――久坂義助(くさかよしすけ)。 もう一人は女性よりも麗しく、色気を放っており、肌は陶器のように滑らかで、肩辺りでまとめられた長髪を指で弄ぶ青年――吉田稔麿(よしだとしまろ)。 吉田は笠を押し上げ、一つ息をつくと人差し指を口元にあてがって妖艶に微笑む。 「静かにしてもらえるかな? あまり目立ちたくないんだ、僕」 吉田の仕草一つ一つが魅惑的であるのに彼の美しさをもってしてはそれ立てる道具にしか過ぎないように思えてしまう。 吉田と彼を取り囲む先程にも増して騒々しくなった女子を横目に久坂は脇目も振らずに二階の部屋を目指した。
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