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「お客様……!」
「ぶつかったのは僕の不注意でもあります。君だけが片付ける必要はないでしょう」
「やけどっ……」
「本当にすみません」
久坂は謝罪を述べると盆に集めた夕餉や食器の残骸を少女に渡し、立ち上がった。
「僕は久坂義助と言います。とりあえずこれにて失礼しますが、君、名前は?」
「……里桜(りお)と申します」
「では、里桜。僕に京弁は使わなくていいですよ」
「……!」
「色々と不自然でしたから。驚くほどのことでもないかと」
微笑する久坂。
恥ずかしさに俯きつつも頷いた里桜は、ぺこりと頭を下げると盆を携え、廊下の向こうへと消えた。
里桜の小さな背中を見送った久坂のもとへ彼女と入れ替わりに見知ったこの旅館の女将が現れる。
「久坂様、今、そこで里桜から聞きました。あの子が粗相をやらかしたようで……」
「あぁ、お鈴さん。気にしてませんよ、僕は」
何度も謝る女将――お鈴に久坂は首を横に振り、柔和な笑みを見せた。
しかしお鈴はもう一度深く頭を下げる。
「でも里桜の親代わりとしてうちが謝ります。ほんにすみまへん」
「親、代わり……?」
久坂はお鈴の発言に引っかかりを覚えた。
お鈴はいらぬことを喋ってしまったと思いつつも久坂の鋭い眼光は誤魔化すことを許さない。
そんな久坂に威圧され、お鈴はやがて静かな声で告げた。
「……えぇ。里桜は私が義兄から引き取った子。幼い頃、父親から酷い虐待を受けていたんどす」
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