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零れ落ちていく、命の輝き…。
自らの身体から離れ、空にほどけて消えていく命を、ぼんやりと女は眺めていた。
死は、目前に迫っていた。
手を伸ばせば届く程に。
それでも、女の白い唇を彩るのは僅かな微笑だった。
本来ならば許される事ではない。
それだけの責務が女にはあった。
遺していく者が多くあった。
それでも、この数十年忘れていたとはいえ、女にとって死は憧れだったのだ。
―やっと終われる。やっと全てから解放される…―
ティアマトの民の自分には生まれ変わりはない。
命の消失は存在の消失だ。
この身は塵となり風に舞い散り、大地の砂になる。
それで終わりだ。
「我が創造主にして、神。ティアマトよ…」
掠れた声で女は呟く。
「私は…貴女を信じなかった…恨みさえしていた…」
微かな息の下でつむがれる声は天上の音楽を思わせる美しさだ。
女は小さく震える手を伸ばし、小さく指で女神の聖印をきる。
「でも、いま、祈るから…」
遺していく者たちの為に。
「…出来るなら…幸せに…どうか…幸せに…」
―私の事など忘れて…幸せに…―
くすり、と不意に笑みがこぼれた。
―お前は…大きなお世話だと怒るだろうか?―
思い浮かぶのは1人の男。
たった1人の…。
彼が自分を見つける事はないだろう。
この場所が気取られる訳がないし、仮に気取られたとしても決して彼がここにたどり着けないように、様々な術を十重二十重に施してきた。
彼がここにたどり着いた時には、自分は消えているはず。
「…何故…だろうな…」
自嘲するように女は笑みを溢す。
―最期に…お前の声が聴きたかった…―
目が霞んで、瞼が重くなる。
抗う事なく、女は目を閉じた。
微かにそれが聴こえたのはその時だ。
愛しい、声。
自分の名を呼ぶ声。
―最期だというのに、私が求めるのは、やはりお前なのだな…―
幻聴に聴く程に。
声は、自分を呼び続けている。
一声ごとに確かさを持って。
その声が、自分が求める甘いものではなく、切羽詰まったものだと気が付き、女が目を開けたのと、女の身体が熱い腕にさらわれたのは同時の事だった。
「シャイン!!」
「バカな…どうして…」
霞んだ視界でも、殆んど感覚が失われた身体でもわかる。
間違いようがなかった。
「…アニエス…」
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