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「フリッピー君。」
突然、背後から声をかけられ振り向けば、いつもより機嫌のよさそうな英雄さんの姿がありました。
きっと彼は、もう一人の私だと思って声をかけたのでしょう。
いや、それはありませんね。彼と私では髪や瞳の色が正反対ですから。と、いうことは私に何か用事でもあるのでしょうか?
「そういう訳じゃないんだよ。」
「では何故私に声をかけたのですか?貴方は私が無差別に人を殺すのを知っている筈ですが。」
違いましたか?と訊ねれば、英雄さんはにこりと微笑みました。
「だって君は私の恋人だろう?」
あぁ、この人は何という勘違いをしているのだろう。
英雄さんの恋人は私ではなくもう一人の私で、彼が英雄さんに抱いているような感情は私にはない。
「残念ですが、私は彼とは違いますので」
貴方が好きだと言うわけではありません。
そう、言ったつもりだったのですが私の口からは声が出ません。
何故ならそれは、英雄さんが私の腹部を彼の腕ごと突き刺していたからであり、一瞬私は不覚にも事態を把握できませんでした。
完全に油断していたからです。
幾ら今、表にいるのが私だからと言ってもあれだけもう一人の私を大切にしていた彼ですから、体を傷つけるようなことはしないだろうと勝手に思い込んでいたのです。
「フリッピー君は、私のことを嫌いなんて言わないよ?」
ふわりと、人の良さそうな笑みを浮かべて英雄さんは腕を引き抜く。
「あ゛…っ!」
躯を引き裂くような(実際引き裂かれてはいますが)痛みに私は顔を歪めました。出血が止まりません。今日はこのまま死ぬんでしょうか。
薄れる意識の中で、わかったのは英雄さんに抱きしめられていること。彼が私の耳元で何か囁いたこと。
ゆっくりとフェードアウトしていく視界で垣間見えた英雄さんは笑っているように見えました。
あぁ、彼はまだ勘違いをしている。明日生き返ったら、英雄さんに教えて差し上げなければ。
(お休み、フリッピー君。愛してるよ)
(歪んだ愛。哀。あい。)
(彼はまだ夢を見ている)
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