~第一劇~ 仕事帰り

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カウンターの端には空席が一つ、何やら今来た客はちらちらとその空席を見ている。指で机を叩くリズムは早くなるばかり、聞いててこちらがイライラしてしかたがない。 その人から目を離す理由として新しい来客が来たようだ、アンジェは水を得た魚の如く苛立ちから立ち直った。   「いらっしゃ・・・、い」   しかし声は途切れ途切れ、来客に対して元気良く挨拶が出来ない。 今日は正午から雨、店内がいつも以上に蒸していたのはそのせいだろう。今店内に足を踏み入れた客は頭からずぶ濡れ、マホガニーブラウンと言った髪が濡れたせいで黒く見える。   「ちょっ・・・、ずぶ濡れじゃない!待ってて、今タオル持って来るから!」   黒い上着から水滴を絶え間なく流す男性、気だるさを感じるのにつり目と言う矛盾した瞳が濡れた前髪の隙間から見え隠れする。この男性のこういう目がアンジェは嫌いだった、しかし偶に見る物憂げな瞳には好奇心のように惹かれる物があるのも事実である。   「おう兄ちゃん、傘の差し方を忘れたのかい?」 「あぁ、そんな所かな」 「今日は賭けないのか?」 「今日はそんな気分じゃない」
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