変人の巣窟

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雑賀が演劇部の部室のドアを叩いたとき、わたしはあまりの驚きに飲んでいた紙パックの野菜ジュースをぎゅうと押し潰してしまい、中身のオレンジ色の液体が勢い良く床に飛び散っていった。 このとき部室に居たのは我が友「あすちゃん」と我が後輩「上条くん」「南雲くん」、それから「杉山先輩」とわたしの五名のみ。残念ながら部長はこのとき居なかったわけである。 あすちゃんはあまりの衝撃に、まるで防災訓練があったときのように机のしたに隠れた(なぜ)。南雲くんは不自然に携帯ゲーム機を起動させ、震える手でテトリスをはじめる。杉山先輩は雑賀をただただ見ているだけだった(なずぇみてるんでぃす)。 「先輩は可愛いですね、ジュースなんか零しちゃって、ふふ。ぼく拭いときますから、あとで家に保存しますから」 しかし彼は動じなかった。 雑賀の突然の訪問など気にもせず、こんな不気味なことを言っちゃう彼が後輩上条くんである。青ざめた顔や不健康そうな体つきから根暗な印象を受けがちだが、その印象を是非とも大事にして頂きたい。こやつ、ちと暗いし変人だし何かと余計なことをして物事を引っ掻き回す奴なのだが、なぜか憎めないところがあるのだ。 「あの、僕……演劇部に入部したくて」 雑賀は部室内の硬直状態をなんとかしようと思ったのか、我々に入部希望の旨を伝える。しかし(上条くんを除く)我々は雑賀のそのひとことでまたも頭の中が密林の奥深くを駆け巡っていくように混乱していくのだった。 あの高スペックの雑賀が、我が変人クラブに入る……だと? 恐らく上条くん以外の人間はこんなことを考えていたに違いない。上条くんの考えていることはよくわからん、読者諸君が勝手に想像したまえ。 依然として硬直状態を解除しない我々に、「困ったなぁ」というふうな悩ましげな顔をする雑賀。その表情はあまりに美しく、恐らく校内の女子を騒めきたてることであろう。但し我ら演劇部員を除く。
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