笑ったが最期

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音も発てずにドアを開け、そう狭くない、むしろ広すぎる社長室を颯爽と歩いた。 雷雨のせいか部屋は薄暗く、けれど視力の良い私の視線の先には、高級そうな椅子に座りながらパソコンを使っている彼が見えた。 「社長、例の取引先についての資料をお持ちしました」 「ああ……悪いね」 「いえ」 持ち出した資料を渡しながらも私の目は彼に釘付けだった。……色素の薄い髪、整った顔立ち、綺麗な指。それだけでも私の心臓は無駄に高鳴った。……そう、無駄に。何故ならば私は今日、彼を裏切るからだ。 と、その時、目の前の彼が私に声を掛けた。 「どうしたの?ボーっとして。疲れた?」 「……いえ。社長こそもう十一時半ですよ?社員はとっくに帰ってる時間です」 「はは……少し確認しておきたい事があってね。君を巻き込んでしまってすまないな」 「私は大丈夫です」 彼に向かってニコリと笑うと、直ぐさま自分の机へと向かった。椅子に座り、彼のパソコンを叩く音を聞きながら、私はどうしようもない想いに駆られた。 →
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