音の記憶 4

5/5
前へ
/12ページ
次へ
楽譜を出さず、楽器 だけ構え、男はまた 弾きはじめた。 さっきよりも、ぜんぜん 軽快に、滑るように。 うまいじゃん? 腕を隠してたのか?   なんだけ・・・この曲。 20年ぐら前の流行歌、 アイドル歌手の。    ♪春の訪れとともに   新しい恋がはじまる   まぶしい彼が・・・ そんな歌だったか。 うろ覚え。 ただでさえ似合わ ないバイオリン。 加えて、この曲。 ミスマッチ甚だしい。 だが、流れる音色は 美しかった。 パチパチパチ^^ 今度は大喝采。  ※観客=僕ひとり 「ありがとう」 「とてもよかった」 「そうかな」 「ぜひまた、聞かせて  ください」 「えぇ、練習しときま  す」 きっと彼は、この曲 ばかり練習したの だろう。 耳コピーのオリジナ ルアレンジで。 思うに・・・ 忘れたい音を捨て られず、 思い出を振り返り ながら。 繰り返し繰り返し、 何度も何度も。 彼の思い出の曲 なのだろうな。 つーかさ・・・ 全然、上書きして ないじゃん。 やれやれ、ごちそうさま。 もう彼の演奏を聞く ことはないだろう、 なぜかそう思った。 彼も公演しないだろ う。 なぜか、そうも思っ た。 理由はわからない。 根拠もない。 階段を降り、僕は 家路についた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加