音の記憶 3

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ゆるやかにはじまり、 とたんに早弾きになる。 うーん・・・ 正直、センスねぇな 上手い下手、って次元の 話しでもなさそうだし。 オマケに、調子っ外れ。 ♯なのか♭なのか、 全般に半音ぐらいズレ ているように聞こえる。 笑いを堪えている人も いた。 あからさまに「下手くそ 」と罵声を浴びせる若者も いる。 たとえるなら・・・ そう 「酔っ払いのハミング」 そんな感じだろう。 きっと子供が聞いて も「なにこれ?」な 演奏だったに違いな い。 ひとり、またひとりと、 観客は去っていく。 それでも奏者は気に留めて いないかの如く、無表情の まま楽譜を見つめ、弓を 引き、指板を手繰っている。 フィナーレ ・・・やっと。 奏者には悪いが、少々 ほっとした。 無事終わってよかった、と 率直に思ったんだ。 奏者は深々と礼をした。 終演時、その場に残って いたのは、オジサンふたり だけ。 バイオリニストと僕。 他の聴衆は、既に去っていた。 ・・・この場合、大喝采 を贈るのは、かなり場違いで あろう・・・ と、僕はその場の空気を 読んだ。   「ぱちぱちぱち」 控えめに拍手。 黒服の奏者は、いま一度 深々と、かつ「キリッ」と 一礼した。 バイオリニスト氏と視線が 合ってしまい、心なしか 気まずさのような感情が 浮かんでくる。 まぁ、あの演奏だし・・・ね。
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