【第1章:不可思議な任務】

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 草木も眠る丑三つ時。小さなカンテラが1つ灯るだけの暗い部屋で、男は今しがた訪問者から手渡された1通の手紙を古い木の机にぱさりと置いた。  手紙といえど、人の名前が印字されただけの無愛想なカードだ。  深い紅色の其れは過去にも12回、自分の元に届けられている。  これで13度目。それは罪もない13個目の人間の命が、あの女の玩具になるということを表していた。そしてその瞬間、その命は死へのカウントダウンを始めるのだ。  何度も人の命の価値が変動する瞬間を目にしてきた男にとって、今更そこになんの感慨もない。  だが、今回ばかりは今までと少々事態が違った。  「……究極の選択ってやつか……」  書かれた名前から目を逸らすように額に手を当てて小さく呻いた男は座っていた椅子から音もなく立ち上がり、小さな台所の錆びの付いた蛇口を捻った。  水量に乏しい蛇口からは不規則なリズムで赤茶色の水が流れる。  伏せていた硝子コップを手に取り、その水の流れを遮る。溜まっていく赤茶けた水を見つめながら男は溜め息を吐き出した。  「卒業させる気なんか、ハナっからねぇんじゃねぇのか、あの女……」  憎々しげに悪態をついて水を呷(アオ)ると錆臭い味が鼻腔へと抜けた。  グラスを置いて机を振り返った男は血の色に見えるカードに視線を投げた。  「さて、どうしろって言うんだか……」  最近では記憶の底に埋もれかけていた、馴染み深い名前が印字されていたそのカードを、出来ることなら破り捨ててやりたいと思った。
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