第一章 発端

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1996年、5月27日。千葉県市川市の天気は曇りきっていた。ここのところ晴れが続いていたせいか、それがやけに不快感を呼び起こした。 「こりゃ、降るな」 わずらわしそうに、しゃがれ声の石上晋也(いしがみしんや)先輩が言った。駅前の美容院「mina」のチーフである。30近いくせにビッカビカの金髪、昨年プーケットへバカンスに行ったせいなのかこんがり焼けている。完全なギャル男だが、見た目ほど性格ははっちゃけておらず、理髪に専念している。流石に三十路近いのだから当たり前と言えば当たり前だ。 「なァ、ケンちゃんよ」 「なんスか」 対して俺、篠田憲一は先輩の下で働かせてもらっている。二十歳からだから二年間か。普通に、客を受け持つようになった。 「雨降っちまったら、客来なくなるよな」 「つか、以前に今日は客来てないじゃないスか」 「そりゃそうだけどさ……なんかあるじゃん。運気が逃げていくっつーの?」 「逃げてく運気さえないっスよね」 「あーダメだお前。話になんねーや。リサちゃんはどうしたんだよ」 「盛岡にそば食いに行くらしいっス」 そろそろ、梅雨入りだ。雨が延々と降る嫌な季節が、ひっそりと始まろうとしていた。
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