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断ったが、「送っていく」という原田に負け、「じゃあ最寄り駅まで」と、送ってもらうことになった。「少し遠回りしてからでいい?」と言う原田にオレは頷いた。
赤いSUVの車内は静かだ。…あんなに派手に泣きべそをかいていたのに、帰りの車中で二人は学に何も聞かなかった。カーラジオが元気に伝える天気によれば、台風が近づいているらしく2~3日後には荒れた天気になるらしい。前の座席で、楽しそうに英語で会話する二人…聞いていてもわからないため、必然的に窓の外に注意が行く。
ネオンがまばらになり、都心からだいぶ離れたな…と思っていたら、豪邸が現れた。どんな人が住んでいるのだろうと思っていた矢先、原田がリモコンで門を開け、中に入っていく。…車庫に入れ、オレたちが降りようとしたところで使用人であろう男が駆けつけ、ドアを開け、畏まり頭を下げる。「おかえりなさいませ、奥様」と、日本語で言った。
『ありがとう。ずっと暇だったから、今日は楽しかったわ。また何でも言ってきてね。いつでもいらっしゃい?』
先生はそう言うと、オレに手を差し出す…あわてて握手し、頭を下げた。
にこにこしながら、今度は原田に向き直る。
『またね、みゆきちゃん。…Next time you come,come with your husband who is there.(次に来るときは、そこにいる旦那さんと一緒にいらっしゃい)』
原田はその言葉にみるみる顔を赤くし、先生に抗議らしきことを言っていたが、当然オレにはわからなかった。
――――
帰りの車中で、あの老淑女のことを原田に聞いた。
「長い話になるけどいいの?」と言った彼女にうなずく。
白黒でノイズが走るのが目に浮かび、モノラルの音声が聞こえてくるようだ…
戦前、日本に渡り飲食店を立ち上げた彼女は、現地の日本人と恋愛していた。が、否応なく引き離された。本国に戻った彼女は妊娠していた事がわかる。戦後、子供と一緒に日本に戻った彼女は、戦争を生き延びた旦那と再会し、結婚した。のちに彼女は、戦後の東京を元気にさせ続けたレシピを日本中に広げるため、料理学校を開き、教鞭をとった。
代々若くして結婚している家系だそうで、彼女の子は17、その彼女の子は
18で結婚し、原田が生まれた。
時は経ち、彼女の金髪に銀が混じる頃…引退し、会長となる。
旦那さんは数年前お亡くなりになったそうだが、子に恵まれた彼女はちっとも寂しくないらしく、”もう思い残すことはない”と仰っているそうだ。
――――
原田は一息つくと「こんなところね」と、前を見ながら言った。
原田には、8分の1米国人の血が入っている。…言われてみなければ気づかないレベルだが、よく見ると鼻筋が高く、頭髪は黒だが、輪郭なんかは純粋な日本人と若干だが違う。「何?そんなに見ないで」視線に気づいた彼女は照れていたが、オレはもう少し見ていた。
…駅に着くと、車を降り「本当にありがとう、原田さん」とお礼を言って頭を下げる。彼女はにやにやしながら言った。
『5日後のデート、”なんでも”言うこと聞いてもらうからね?』
「はい、わかりました…」とオレは言ったが、何をやらされるのだろう?と、内心ひやひやしていた。
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