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わずかばかり残った鱗が砕ける音と、少しだけ苦しそうな呻き。
シグマの右手の剛爪が、彼自身の左胸を深々と刺した時、それらは奏でられた。
「なッ……!」
絶句するオレの足は、その場に根づいてしまったかのように動かない。
「私、が……」
かすれた声を耳にしても、脳と体は痺れるばかりだった。
「共に、歩んで良いのは……勇美様……」
強大なる戦士の声は、吸い込まれるように青い空へ昇り、
「ただ……ひと、り…………」
そっと、途絶えた。
重い沈黙の中、理事長を先頭にした一団が、同様に口を閉ざして近寄ってくる。
彼ら彼女ら──否、その中の時音さんへ、懇願するような眼差しを向けるオレに、
「……すまぬ」
彼女は悲しげに首を振った。
「"止まってしまった時計"までは……わしとて戻せぬのじゃ」
全ての感覚が、停止した。
代わりとばかりに猛スピードで動き出した脳は、あっという間に言葉の海に溺れ、混乱状態に陥る。
何も見えない。息ができない。今シグマが貫いたのは、本当はオレの心臓なんじゃないのか?
ブレザーの胸元を手繰り寄せるように掴み、頼りない足取りでその場から後ずさる。
誰かに名前を呼ばれた気がしたが聞こえない。横たわるシグマを凝視しつつ、後ろへ後ろへ下がる。
やがて、オレは気づいた。気づいてしまった。
剥がれた鱗の向こうにあるシグマの顔が、微笑んでいるということに────
オレは、空へ吠えた。
どんな言葉を発したのかは知らないが、とにかく吠えた。
そうしなければ、壊れてしまいそうだった。
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