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神は天に在(いま)し、すべて世は、凶事(まがごと)だらけ。
《ある日、ある時、ある場所》
そこは静寂に包まれていた。…そう、まるで時の狭間に置き忘れられたかのように……。
目の前を横切る大通りには、一台の自動車はおろか通行人の姿もなく、更にその先に見える高速道路の高架からも自動車の騒音は聞こえはしない。
青年……、西洋人であろうか。やや癖のある金の髪を春の和らかな陽光に晒し、強い意志を感じさせる碧の瞳は、まっすぐに『それ』を映していた。
『それ』……。
そう、『それ』は『祠』であった。
高さは大体、60㎝といった所であろうか。
1m四方程の台座の上に乗っていた。おそらくは長い年月を風雨にさらされていたのであろう。
木の色はすっかり変色しており、ミニチュア・サイズの格子戸には色褪せた和紙が貼られ、直接中を覗けないようになっていた。
金の髪の青年の傍らに立つ連れと覚しき女性が、祠にゆっくりと手を伸ばす。少しの躊躇いの後、小さな扉の取っ手に触れ、長く繊細な印象のある指を絡ませると小さく力を込めた。
キイ、と少し軋んだ音が辺りに響く。
女性が指先にもう少し能力(ちから)を込めた。
今度はもう少し大きな音がして、ゆっくりと小さな扉が開いて行く。青年と女性は、やや緊張した面持ちで少し身構えたかに見えた。
二人の視線の先…そこ、祠の床面には、一振りの脇差が無造作に安置されていた。しかし、その脇差を見つめた瞬間、明らかに落胆と思われる波動が二人の間を流れる。
そして……
「ここにも居なかったみたいですね、美奈子。」
金の髪の青年が女性を見つめて、そう言った。
「まぁ、亮や信ちゃん達の方の結果に期待するしかないみたいね。とりあえず結界を解いて支社の方へ帰りましょう。」
《四月初旬・徳島県警本部・午後》
「……神は天に在し、すべて、世こともなし。ですか。課長補佐?」
大きく伸びをした宗山俵衛(ムナヤマ・ヒョウエ)の前にお茶を出しながら、木村綾乃(キムラ・アヤノ)は、少し笑ってみせた。
「あぁ、良い事だよ。わたし達のような仕事が暇な事はな」
ゆっくりと流れる新町川を窓から見下ろしながら、俵衛は言った。
90年代以降、犯罪の多様化に伴って、各方面の専門家が警察機構に入って来ていた。
例えば、金融犯罪捜査チームのメンバーは、元銀行や証券会社に勤めていた人間だし、ハイテク犯罪捜査チームはコンピュータ業界の出身者が多い。
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