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暫しの間、互いの視線が交差し離さない。そこに言葉は無く、聴こえて来るのは木々をそよぐ風の音だけ。
そんな沈黙がどの位続いただろうか。五分、いや十分、もしかしたら一時間かもしれない。
だが、沈黙は破られる。
「……ごめんね」
沈黙を破ったのは女性。穏やかだった表情に陰りが見え、口から漏れる言葉は謝罪。
「……言うな……よ、そん……な、こと」
少年の言葉に覇気は無い。溢れ出る感情に押し潰されそうになるのを、無理矢理塞き止めているのが手に取るように分かる。
「お母さんね、もう――」
「聞きたくないっ!」
これ以上聞きたくない、拒絶の気持ちが言葉を遮る。顔を背け、世界全てを拒絶する様に。
それでも言葉は続く。母は少年を引き寄せ、愛おしい我が子を抱きしめて。
「もう、お別れが来るの」
塞き止めていた物は脆くも崩れ落ち、感情という洪水が全てを飲み込んで行く。零れる涙が頬を伝い、止まらぬ喘ぎ。
「ごめんね……、ごめんね大和」
大和を抱きしめる腕に力が入れようとするも、上手く入らない。それでも必死に抱き寄せ、泣き止まぬ我が子をあやそうと。
「……母さ、……ん」
母の温もりを確かめる様に、自分自身に刻み込む様に、母の力無い身体を抱きしめる。
数日後、母は大和の前から泡の様に消え去って行った。
その日を境に、心の扉は閉ざされる。
たった一人で、世界を拒絶した少年。いつの日か差し延べられる手を待ち続けて。
――彼の心へ再び木漏れ日が指す日は、まだ遠い。
【Fin】
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