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あのときの記憶がかなり薄ら薄らになっていたある日のことだった。昨日まではずっと同じように続く日常を過ごしていた。
仕事も、趣味も、彼女を愛することも、毎日していることを続けていた。
でも今日の景色がいつもと違う。
朝目覚めると、そこにいつもの世界は無かった。ひたすらに続く真っ白な世界。その奥に真っ黒な形のものがあったり、白・黒・白・黒、と点滅するものがあったり、黒い線が一定のペースで動いていたり。
悠馬の瞳に映る世界は明らかに毎日の世界とは違っていた。
悠馬は、自分の眼球に手を当ててみた。そこには自分の手のひらが映る代わりに、どす黒い影が映された。
「なんだよ、これ?」
目の前に映る光景が全く理解できなかった。
ふと辺りを見回すが、そこに知っている景色は何一つとしてなかった。
遠くから彼女の声が聞こえる。
自分を呼んでいる彼女の声がどこからか聞こえてくる。
「ゆう君、どうしたの?」
黒い影が近づいてくる。
なんだ、あいつは?
「ゆう君?大丈夫?どうしたの?」
彼女の声が聞こえる。ただ、その声を発している彼女は、悠馬の世界のどこにもいない。大きな影はやがて悠馬の前に立ちはだかった。
「――――――。」
声にならない声で、必死で彼女の名前を叫んだ。
「ゆう君!」
自分の頬に手の触れる感覚が伝わる。
「っ!?」
誰かもわからない手の感覚。その恐ろしい魔物から逃げるように悠馬は見えない布団の中に潜り込んだ。
「ゆう君、ゆう君ってば!」
怖い。
真っ黒と真っ白の世界の中でただ自分の彼女の声だけが響く。
いつもの日常の光景はどこなのかもわからなくなる。
叫ぶ彼女の声、自分の潜る布団を必死で引っ剥がそうとするやつから身を守るように布団を掴んだ。
布団の中の光景は変わらなかった。
真っ暗。
真っ黒。
光が入ってこない布団の中は、いつもの自分の目に映る光景に変わりはかない。
きっとこれは夢だ。目が覚めれば、きっといつもの日常が待っていて。
嫌な夢だ。
そう思って悠馬は目を閉じた。
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