私の兄ちゃん

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今日もお母さんに頼まれて、私はいつの間にか通い慣れた病院の廊下を歩いていた。 小さな飲食店のバイト帰りにここに来ると、食べ物や煙草の匂いが鼻について、すごく自分が場違いな気がした。 こつんこつん、と足音が響く長い廊下。 面会時間がぎりぎりだから、そこに人影は殆ど見当たらない。 それが今の時間帯を、無言で示していた。 『沢井 和真(サワイ カズマ)』と書かれたプレートが、薄闇の中はっきりと浮き上がって見える。 ここに来るまでに、大分この暗闇に目が慣れたんだと感じる瞬間だった。 こんこん、と扉をノックする。 「兄ちゃん、私。若菜(ワカナ)」 そう声をかけて、扉の把手に手を伸ばすと、病院には不似合いな香りが鼻を霞めた。 ……これは、煙草? 飲食店の客からの移り香がまだ残っていたのかと、腕を鼻に押しつける。 微かに煙草の匂いはするものの、この匂いとは明らかに別物の香りが漂っている。  
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