第九章:東西奮戦記

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投げられたボール。姿を現したのはゲンガーとドンカラス。 《………何の用だ我が主よ》 まずインカムから聞こえてきたのはリーフやさっちゃんが発していたものよりはるかに低く、かつぶっきらぼうな調子の声。ドンカラスが瞼を薄く開きエミリーを睨む。 《人の思考の邪魔をしないでほしいものだな。折角見えかけた真理が台無しだ》 「相変わらずねあんたは」 怪訝そうなヒカルの視線を受けながらため息をつくエミリー。 「まあでも話はボールの中で聞いてたでしょ?」 《すまんな主よ》 ドンカラスの瞼が再び閉じられた。 《人の心のあり方に思いを巡らせていたらそんな些末な事は聞き逃した》 「前々から思ってたんだけどあんたもっと普通の趣味持ちなさいよ!」 途端に怒りが沸点を越える。越えすぎてメーターを破壊する。 ちなみにどれくらい凄まじかったかというと、ヒカルがぎょっと目を見開き戦闘中のポケモン十体が一瞬──本当に一瞬──動きを止めてしまうレベルの。 「何で覚えさせてもいないのに自主的に【瞑想】なんて使ってるのよ!」 《主よ、私がやっているのは【瞑想】ではない。【哲学】だ》 違う違うと否定するように右の翼をヒラヒラ振る。 《そこのところは取り違えないでくれ》 「あぁもう!哲学も瞑想も似たようなもんよ!少なくとも今の私にとって邪魔なものって点ではね!」 《いくら主でも言っていいことと悪いことがあるぞ、そもそも哲学とは》 《ちょっとちょっと、ボスも姐さんも落ち着けよ》 「ボス」よりは幾分やわらかめの響きの声が長期化しかけた言い合いに割って入った。 (困った顔して人間とポケモンの喧嘩止めるゲンガーなんてはじめて見たな) ヒカルが好奇心を隠そうともせずにゲンガーを見つめる。 《何か用件があるんなら話して貰わないと。急ぎの用なんでしょ?》 「……そうね。ごめんなさい」 冷静さを取り戻したエミリーがこめかみに手を当てて深呼吸。 「じゃあ単刀直入に。ボスとゲンさんには、今から私とヒカルくんの代わりにここで皆を指揮してほしいの」 声は三つ。インカムから二つ。背後から一つ。ドンカラスは大きな反応は示さなかったが、その目が大きく見開かれた。
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