第九章:東西奮戦記

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「ぐっ─────!」 背中に衝撃。肺から漏れる酸素。自分がどうやらどこかの部屋に転がり込んだのをかろうじて把握するが、それがどのような部屋であるかまで確認する余裕はない。 上。 思考ではない。本能的な直感。起き上がる暇もなく体を転がして横に逃げる。凄まじい勢いで投げつけられたガラスの破片が床に穴を穿った。 勢いを利用して体を跳ね上げて立つ。 息も継がずに飛び下がる。木製の棒が脇腹を掠めた。 (───横!) 思考より先に動きが来る状態が続く。忍者修行に鍛え上げられたアンズの肉体と反射神経はまたもや彼女を救い、首筋に振り下ろされた一撃をクナイの腹で受け止める。 「シッ!」 そのまま受け流し、反撃。勢いを借りて体を入れ換え、後ろに回るや風を巻いて突き出されるのは正拳三発。狙う場所にこそ配慮されているが、当たり処によっては永遠に意識が戻らないであろう威力。 白い影は不安定な姿勢のまま二発までかわし、三発目を足の裏で蹴り返す。衝撃を利用してバック宙。着地場所は机の上。 投げつけられる七本のクナイ。重力の存在を疑問視してしまうような動きで再び跳躍。 (しめた!) アンズは追撃せず、そのまま腰のモンスターボールに手をやる。 その手を絡みとった糸。アンズの体は今度は本人の意思に関係なく宙へ持ち上げられ、背中から地面に落下した。 受け身をとる暇さえなく、薄い皮膚一枚に守られていた背骨に直接響いた衝撃。想像を絶する痛みに悲鳴すら上がらない。 失いかけた意識を強引に引き戻したのは正解か不正解かで言えば、間違いなく正解。でなければ三度振り下ろされた棒はもろにアンズに直撃していた。 当たったらなどとは想像もしたくない。 (流石に反則だろこれは………) 腕に巻き付いた糸を切り払いつつ荒い息の中で彼女が久々にした思考の内容は、彼女らしからぬ愚痴めいたもの。 (同じ人間のくくりに入れていいものかどうかさえ疑わしいな) 本来受け身的な思考は悪循環しか生まないが、忍者としてのプライドをこうもズタズタにされると愚痴の一つもこぼしたくなるのは人情として仕方ない。 自分の積み上げてきたものを真っ向から叩き潰されて音をあげない人間がいるとするなら、そいつはよほどの鈍感かすでに心のタガが外れているかのどちらかだ。
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