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「………さて、と」
早朝の、未だ人影疎ら(というより皆無)な路上に止まった一台の車。苔むしたような緑色の車体につく無数の傷跡は、この車がいかに長く主人につくしてきたかを物語る。
「よーやく目的地に到着したわけですがね…………おい、起きろ」
前部座席から顔を出したのは、丸顔に鋭い目付きの小太りな男。左手の辺りでポカリという音が響き、短い悲鳴がもれる。
「イテテ、何なんですか」
いかにも今まで夢の中でしたという間延びした声をあげながら、小太りの男より一回り程も年下に見える若者が反対側から顔を出した。
「到着だっつってんだろうが。ほら、早くカメラ出せカズ。ついでにジャーナリスト魂とやる気も出せ」
「ギンさんに無理矢理連れ出されたもんだから本社に忘れてきちゃいましたよ」
あくびの中に皮肉を目一杯混ぜながら、カズと呼ばれた青年は再び車内に顔を引っ込める。
「仮にあったにしろ、こんな犯罪紛いの“取材”で出すのは人間的にどうかと」
「何言ってんだオメーは」
望遠レンズつきカメラを構えシャッターを押しながら、不味い料理でも吐き出すように舌を突き出す男───ギンペイ。
「以前言っただろーが。俺たちが生きる世界には汚いもキレーもねーよ。あんのは特ダネかそうじゃないかだけだ」
口調に含まれる嘲りの色。それは自分に向けたものかカズに向けたものか。
「そしてそれは視聴者や読者も同じだ。最悪事実じゃなくても刺激的であればいい。よくドラマに出てくる聖人君子みてえなマスコミがいやがるがな、あんなのは現実にいたとしてもヒンバス並の希少種だよ」
「………それにしても犯罪は」
なおも反論しようとするカズに向けてバカにしたような視線を向ける。
「大丈夫だ、まだしないから」
「あの、“まだ”ってのが気になるんですが。後々やるんですかもしかして」
「不法侵入みたいな?」
語尾にハートマークが飛びそうな声色でさらりと返ってきた答えに、カズの顔から血色が一瞬で吹き飛んだ。
「すみませんやっぱり帰ります本社じゃなくて田舎にこの仕事ダメです僕は無理です」
「大丈夫捕まっても懲役まではいかんから」
「いや逮捕な時点でいやです本当やめますから!」
「バ、てめえに拒否権は」
大量の窓ガラスが割れるド派手な音が、彼らの口論を遮った。
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