第十章:戦闘態勢

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《とうとうジョウトにも出たんですか?》 挨拶その他全て取り去って、電話の相手は受話器を取ると同時にそう言った。だからシキの方も、彼が五十年と少し生きてきた中でかねがね嫌っていた「めんどくさい儀礼」をすっ飛ばして早速本題に入ることができた。 「あぁ、そうだ」 電話中、彼は他の大多数と違って相槌をうつときに自分は頷かない。効率の良し悪しを重視する彼にとって、見えもしない相手に頭を下げるという行為は時間の無駄でしかない。 「場所はヒワダタウン近郊。朝の日課である散歩をしていた近隣住民の四十代の女性からの通報で発覚した。“赤い目をしたコラッタに喉笛食い千切られそうになった”…………顔から涙だの鼻水だの粗方垂れ流して半狂乱で交番に飛び込んできたらしい」 《その婦人に精神疾患等はありましたか?あるいはヒステリーの持病とか》 つくづく刑事向きの男だと実感する。バトルの腕はもともと自分の元に来たときから折り紙つきだったが、思慮深さや勘の鋭さも時にシキのそれに匹敵し、ごくまれに上回る。 ほとんど人生の半分を費やした刑事生活の中で、今の電話相手より警察官という職業に向いてる人間に、シキはお目にかかったことがない。 「おめえの言いたいことはわかるぞ、フミヤ」 懐からそろそろ中身が寂しくなり始めたタバコの箱を取り出しながら、シキは答えた。 「だがその点はシロだ。ついでに言うとお前もあのオバハン見たらんな考え吹き飛ぶぞ」 《縦より横がデカくてペルシアンとエネコロロをやたらに可愛がって他人のごみ出しにケチつけるのが生き甲斐みたいな図太い婆さんですか?》 「時折要らんところで要らん鋭さ発揮するなお前は」 《おかげさまで》
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