第十章:戦闘態勢

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「まあこれがいかにも神経質で過去に闇の一つや二つ抱えてそうなホッソリ系美人でも俺の考えは変わらんよ。何せ俺も実際に見たからね」 電話の向こうに一瞬沈黙が流れた。相手側の周囲の雑音のみがやたらと鼓膜を揺らす。 《……何人やられましたか?》 本当に恐ろしいほど察しのいい男だ。勘云々の話で片付けるよりは純粋に千里眼の有無を疑った方がいいか? 「十四名だ。偵察に出した二個小隊の内、前衛は丸ごと全滅。後衛も四人やられた。ちなみに怪我したやつも“やられた”に加えるなら二十人全員だ」 《相手は?》 「そこだよ」 煙草を指にはさみ口から離しながら、シキは相手に見えないと解りつつもニヤリと笑った。 「信じられるか?コラッタだ。俺の居た装甲車両も襲撃うけたがな、“たまたま”俺が煙草を吸いたくなって外に出てなけりゃ今頃俺も殉職者追悼式の仲間入りだったな」 たまたまどころか装甲車が何かに包囲された気配を察しての意図的な行動だったが、そんなことは向こうも承知だろう。 「ジョウト警察の方じゃ甲一種警戒令を発令した。そして………ついさっきジムリーダー連合との話し合いで決定したが、最悪の最悪がきた時は地方全土に戒厳令を発令する。ホウエンでは既に同様の結論出してたらしいがな」 《………わかりました、連絡ありがとうございます。こっちでもなるべく早めに対応し》 「なあフミヤ」 向こうはもう電話を切るつもりだったのだろうか。さっきとは異質の、困惑を主成分とする沈黙。       ヤマ 「お前、この事件について何か知ってやがるな?」 結局、答えは返らぬまま電話は切れた。 だが──── (沈黙は何も言わぬことをさすが、時に沈黙とは何よりも雄弁に真実を語る、か) 昔読んだお気に入りの小説のワンフレーズを思い浮かべながら、シキは受話器を元の位置に戻した。 「全く、仰るとおりだな」 ふっと口許に浮かんだ嘲笑。 それが何に向けられたものなのか、それはシキ自身にもわかりかねた。
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