第十章:戦闘態勢

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気配を消す。これは俺がマスクド・チルドレンとしての訓練の中で最もすんなり身につけることに成功した技術のひとつだ。 何でと聞かれたってわからない。生きている人間に「何で息をしているの?」と聴いてもそれは仕方のないことで、俺のこの技術もそれと同じ。 マスクド・チルドレンとしての過去は思い出したくもない忌まわしい記憶だが、それが現実俺に存在する過去である以上拒絶をしたって始まらない。 病院の中を、足音をたてずに疾駆する。窓から逃げ出すのも考えたがホウエンきっての大病院とあって断念した。仮に世界一の運動神経の持ち主でも、地上三十メートル九階から飛び降りて無事な人間などいないに違いない。モンスターボールは入院に際して取り上げられてしまっているらしかった。 宿直の警備員の翳す懐中電灯の光を避け、下へ。下へ。非常口を示す電灯の灯りのみを頼りに身をしならせて動き続ける。 やがて、ある部屋の前で足を止める。闇を透かして見てみれば、「入院者所持品一時預かり所」の文字。 ドアノブに手をかけ、捻る。入り口の防犯カメラに隠し持っていたマトマの実(例のサファイアとかいう少女が見舞いの品にいれていた)を投げてレンズを潰し、品物確認中の乱入に目を丸くする看護士の男に当て身を食らわせる。男は壁に激突して沈黙した。 男が開いていた棚。中には、俺がいつも着ている黒のブレザーと手袋、そして白のズボン。ボールつきのベルトも側に丸めておいてある。 「幸先いいな」 妙に風通しばかりいい病院の青地の衣服を脱ぎ捨て、着なれた上下に身を包む。 さて、後は病院から脱走───── 「そこで何をしているのかな?シルバー君?」 ───する前に、たった今やることが一つ増えた。 「…………誰だ?」 振り返り、睨む。銀フレームの眼鏡とボサボサと鬱陶しい髪がいやに特徴的な、背の高い男。 手には、警察手帳。 「キンセツ警察のクロです。大人しく病室に戻るのと手錠かけられるの、どっちか選びますか?」
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