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Ⅲ
摩耶は両手でゴルディオンの槌を抱えて走っていたが、その重さに引きずられてやや前傾姿勢で、いつもほどのスピードがでなかった。すぐに勇哉が追いついてくると、「勇哉、パス!」とリレーのバトンのように渡す。あわてて勇哉がうけとるとずっしりとした重さに姿勢が崩れた。勇哉が両手で抱えなおそうとわたわたすると、「男の子でしょ、しっかりしなさい!」と励ますと、自分はスピードをあげる。
「眼鏡がないけど大丈夫?」
態勢を立て直した勇哉が槌の重さにめげずに追いついてくる。
「私が伊達眼鏡だって知っているでしょ」
「そうだっけ?」
「そうよ、眼鏡かけて三編みしてるだけで、優等生っぽく見えて成績に加点されるのよ。教師ってバカだから」
「………」
もはや勇哉は反論せずに走ることに集中した。後方から追いかけてこないか不安だったし、なにより身軽になった摩耶は速く、槌というハンデを抱えた状態では気を抜くとおいてかれそうになる。
「ところで、なんでこの槌を持ってきたの?」
勇哉が走りにくい原因をみながら抗議するように聞く。
「だってむかついたし、あいつらがこれを所持すると世に出なくなるもの。もったいないじゃない。やっぱり文化遺産は大事にしないと」
釈然としないままうなずく。そしてそのまま数分走ると出口が見えてくる。開かれた大扉の向こうを摩耶がみたとき、その目がすっと細くなる。
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