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ガシィッ!
影はウェインカラクルの頭上で、背中から抜いた木刀を大上段から振り下ろした。ウェイ
ンカラクルは両腕の小手を交差させ初太刀を受け止めていた。後方にかわすつもりだったが、
意外にも、かわせなかった。
影は着地して、すぐに後方に飛び、距離をおいた。その前の一瞬の接近でウェインカラク
ルは知った顔を思い出した。アイヌ最後のサムライ。引き締まった風貌だが、弱冠18歳。
「チチカカコ…なのか?」
だが、シノキリカコタンの刺客となったチチカカコにはわずかな逡巡もなかった。ウェイ
ンカラクルの所業は自分達に対する裏切り行為に他ならない。
「コタンは貴様を許さない。…もはや、語らぬ!」
言い終わらない内にチチカカコは一気に間合いを詰めた。ここから数合の剣撃は必殺の一
撃へとつなげる態勢を整えるためのものだった。その瞬間、どちらの小手の防御も間に合わ
ない、且つかわす事も出来ない斬撃がウェインカラクルの顔面を捉えた。
ガンッ!
鈍い音が響く。だが木剣は寸前で受け止められていた。
「これ程とは、な…」
ウェインカラクルは三本目の腕で木剣を受け止めていた。
チチカカコの目に憎悪の色が増した。
「おのれっ!人外の化生に身を堕してまで、この世に何を見るか!」
ウェインカラクルは次々に腕を増やしていく。実に六本の腕に三本の剣を構えた。一組の
腕で一本を正眼に構え、二本を二刀流に、残った一組の腕はその小手で上段をガードしてい
る。
チチカカコは全くひるむそぶりもなく、間髪を入れず更に激しい攻撃がウェインカラクル
を襲った。剣の腕前はチチカカコの方が上手だった。数に勝るウェインカラクルの攻撃を、
一振りの軌道で、二つの剣をはじく巧みさで、さばいていた。
闇の中での戦うシルエットは異様だった。数々の武器を同時に扱う不動明王に人間が挑ん
でいる。誰かの目に触れることがあったなら、この死闘は、まさにそう映ったに違いない。
(このままでは埒があかん!)
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