第2話 はじまりの終わり

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Ⅱ 『「猫(Cat、n.)」家庭内で事がうまくいかなかった場合に蹴飛ばすために自然が用意してくれた、柔らかくてけっして壊れることのない、自動人形』 勇哉は待ち合わせの本屋でアンブローズ・ビアスの「悪魔の辞典」を立ち読みしていた。このひねりの効いた書物は、勇哉の好きな本であるのだが、いかんせんその値段はなかなか高校生にはキツイものがある。それにこういう本はベッドで就寝前に読むより、本屋で時間を潰すときにむいているとも考えている。そう心に言い訳をすることでバイトをしてまでは買わず、ひたすら立ち読みをすることを正当化していた。  次のページをめくろうとしたとき、不意に肩を叩かれた。ふりかえろうとすると細いなにかが、頬につっかえ棒のように邪魔をして首の回転を妨げた。 「おはよう、勇哉。あいかわらず同じ本を読んでいるのね」 顔は見えないが声と発言内容で姿を見なくても誰かはわかる。とりあえず、遅れてきたことを謝りもせずにいいたいことを言いやりたいことをしてくる摩耶に、何か言ってやろうと勇哉は頭を働かせる。だが、浮かんだことはこういった言い合いで勇哉が勝ったためしがないという嫌な過去だった。それでも連敗記録を止めるために口を開かざるを得なかった。 「…すでに十一時二十分なんですけど」 それを聞くと摩耶の眼鏡の奥の両目がすっと細くなる。それをみて勇哉は早くも負けを予感した。摩耶がこういう目をしたときは、効果的な反論が飛んでくる前兆であることを知っているから。
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