第2話

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「みちるさんはなんにも匂いがしなくていいね」 クマを手で弄びながら、千波が小さい声で言った。 「匂いって?」 「私、香水つけてる女のひと嫌いなの」 「ああ……。私もあんまり好きじゃないかな……。たまに凄く良い香りする人いるけど」 「みちるさんは香水とか化粧とかの匂いしないでしょ?だからくっつくの好き。あんまり変なことしないでね」 「じゃあ香水つけてる男の人は?男の人も駄目?」 「男の人?男の人は私の世界に存在しない」 それは私も同感だと思ったけれど、黙っていた。そろそろ千波の母親が、様子を見に来る頃だ。 私がドアの方を見ていると、察したのか千波も膝から下りた。 「今度はいつ来てくれる?」 「今度は………うーん。バイト次第かな」 「じゃあ、バイトのない日に来て。なるべく早く」 「どうして?」 「どうしても」 「分かったよ」 私は立ち上がって、照明のスイッチを探そうとした。 「明かりはつけないで」 「でも危ないよ。ドアがわかんないし」 「ドアの場所がわからないのは暗いからじゃなくて、みちるさんの目が悪いからだよ」 「そうかな」 それは関係ないと思ったけれど、そう言えば今日は眼鏡を家に忘れてきていた。 「じゃあね、ちな。シャボン玉しなよ」 「ううん。もったいないからとっておく」 「いや、また買ってきてあげるからさ。窓開けてすれば怒られないよ、多分」 「部屋でしちゃダメなの?」 「ダメって訳じゃないけど……。たまには外の空気吸ったほうがいいかなって」 「そうだね……。私も外に出たい」 独り言のように小声で言う。 私は驚いて聞き返した。 「ちな、家の外に出たいなんて思うことあるの?」 「うん。最近は……。外で遊びたいなってたまに思うの」 「そう……」 私は床に座りこんだままの千波を見た。外で遊びたいなんて、あまりにも千波らしくない気がして、やっぱり何かあったんじゃないかと少し心配になった。それとも私と会わない間に、何か気持ちが変わるようなことでもあったのだろうか。 「なんだ。じゃあ言ってくれれば、どっか連れてってあげるのに」 「うん。私もママとかじゃなくて、みちるさんとふたりで出掛けたいなって思ってた」 「じゃあそう思ったらすぐ電話して。その時は、なるべく空けるようにするから」 「うん……。わかった」 千波がまだ何か言いそうな気がして、私はドアの前で待っていた。千波はぼんやりと下を向いたままだった。もう一度またねと言って、私は部屋を出た。
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