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「大体引っ越しの直前でそんな無茶なお願いされても困るの。早く捨てて来なさい」
「こいつは捨て猫違うもん!」
僕は今まさに彼女に抱きかかえられていた。少々時間はかかったものの、概ね彼女が彼女の母に僕を飼うよう説得している場面らしいことが解った。
焦りつつも周りを見渡せば積み上げられたダンボール箱が部屋にひしめいていた。
後にも先にも彼女の家へ上がったのはこれが初めてだろう。綺麗な白い壁紙と天井が目に付いた。
「駄目なものは駄目。諦めなさい……」
彼女の母は言葉の割に悲しそうな表情だ。きっと彼女の母も僕と彼女の仲が良いことは分かっていたのだろう。
残念だけど彼女とはお別れになるようだ。
「……?」
ふと、頭に冷たい水が降ってきた。それは雨のようにだんだん大きな粒になり、僕の頭を濡らす。
「ほら、まだ居間が片付いてないわ。その猫ちゃんは元いた場所に帰してあげなさい」
「……うん」
彼女は泣いていた。僕を抱えて。きっと彼女の泣き顔を見たのも後にも先にもこれが初めてだろう。
九条
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