冬の足音が近づく日

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 高校生活における一年間分の年表に記された行事はあらかた消化し終え、来年に対する根拠のない期待と、漠然とした諦めを抱きながら、俺はその日、厚着するにはまだ高い気温に肌寒さを感じつつ、学校からの帰路についていた。家まではとてもじゃないが歩いて帰れる距離ではないので、学校から自転車で十五分はかかる駅から電車に乗り、三つほど駅をスルーして、次で目的地、という道のりの、ちょうど半分あたりのことだったと思う。  その時間帯は、多くの学生が自分と同じく帰りの交通手段として電車を利用していたので、俺は座ることができず、吊り革に掴まりながら、なんとなく感じる足のダルさに、なんとも言えない脱力感を感じていた。一つ前の駅で座れるチャンスはあったのだが、あと二つだし……、と結局座らなかったのが悔やまれる。とはいえ、今その席に座っているのは年配の方なので、座ったら座ったで、少しだけ加害妄想的な罪悪感を抱いていただろうから、まぁ、この際どーでもいいか、とも考える。  ―― その時。  視界が急にぼやけた。  感覚としては、眩暈や立ちくらみに近い。ただそれと一線を違えるのは、意識自体はハッキリしていて、足も疲れによるダルさ以外は無い、という点だ。  視界を埋め尽くものを、描写するのは不可能に近い。  強いて言えば、ミドリムシとか、ゾウリムシとか、そういう、池に住んでそうな微生物を形が残る程度に煮詰めて、しっかり冷ましてから目に一滴垂らした、みたいな比喩が一番近いだろう。  ―― あー、またコレか……。  ガキの頃に失われるはずだったものが、大人になってからも残るっていうのは、特別珍しくないようで、やっぱり少しだけ珍しい。特にそれが曖昧であればあるほど、だ。  これは、俺が幼少時代からちょくちょく体感している現象。  実はこのアメーバめいた代物は。  ―― 幽霊だ。
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