冬の足音が近づく日

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 幽霊というと、人に憑りついたり、怨念をはらしたりと、人間がそのままの姿で霊魂になる、みたいなイメージが一般的にある。実際そういう幽霊は居たし、ガキの頃遊んでもらっていた人が実は遺影の中の人だった、なんてのも結構経験している。  しかし、実際は、大半は形も定まらないよく解らないものであることが多い。  俺の記憶にある最初の心霊体験は、まだ辛うじて歩けるような歳の頃に、夜、トイレに行きたくなって起きた時に見たものだ。俺が目を開けると、深夜であるはずなのに周囲は不自然に蒼明るく、暗いと感じるのに昼間のようにものがよく見えた。  そして、よく見れば、窓と対面にあった鏡に入って行くような動きで、整列した楕円形の人(そうとしか言いようのない形だった)がゆっくりと進んで行き、鏡に入るとスッと消えていく姿がそこにあった。全く表情とかも解らなかったが、なんとなく皆微笑んでいたような記憶がある。まるでこれから楽しい旅行にでも行くかのように。  ―― それ以来。  テレビで言われるような「明らかに人ッ!」な霊は流石に年を経てからまったく見えなくなったが、その幼少の頃の記憶が鮮烈過ぎて、俗に言う雑霊とかはしっかりと見えるまま、こんな年まで成長してしまった。  ……しかしそれが便利かといえば、話は別で。  ―― 邪魔くせぇ……。  雑霊っていうのは名の通り形が定まっていない上にどこにでも居て、なんとなく「なんだこりゃ?」と感じた途端に認識する、例えば曲名も歌手名も出てこないのに歌詞だけを思い出してしまった曲みたいなモンで、一度気になるとそれこそ出かかってるうろ覚え知識ばりに視界の一部を支配し続ける。しかも向こうはこっちの事なんて一切気にも留めないから、見かけても何ができるってわけでもない。  現実に、マンガみたい幽霊が見えるから幽霊とバトルなんて非日常的なものが無いのは百も承知だが、これだけ珍しいと思われる体質なのに、実際は人生にはなんの役にも立たない上に何かが変わるわけでもないってのはちょっとだけ……気が抜ける。  今更だって言うのは解っているけど。  納得いかないんだから、しょうがない。  そして、それが解っていたからこそ、必死で意識の外にその雑霊を追いやろうとしている時には思いもしていなかった。  この体質がこの後、俺の人生において決して小さくない出来事のきっかけになるなんて。
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