冬の足音が近づく日

8/8
前へ
/12ページ
次へ
 久しぶりに訪れたシノハラさんの家は、以前来た時とまったく変りないように思えた。  だけど、なんの変哲もない野原が、古戦場と解った途端に禍々しさを感じるように。  決して明るくない確信を抱いていた俺には、その変わらなさが白々しいものに見えていた。  深呼吸を一つ。  玄関に立ち。  インターホンを押した。  ぴんぽーん。  今の沈殿した、憂鬱な気分にはそぐわない、間抜けな音が虚しく響く。  そして中から若づくりなシノハラさんの母親が笑顔で顔を出し、 「あれ、いらっしゃいソウヤくん。カズミなら――……」  ――という、いつものお約束のようなそのやり取りも、今日は無かった。  再び深呼吸。  ドアノブに手をかける。  簡単に開いた。  玄関に、さっきシノハラさんが履いていたスニーカーは、無い。  なんだ、まだ帰ってきてないのか、きっと両親も出かけてて――  ――んなわけがない。  当たり前だ。  ガラス片が散乱していて、脱ぎたくても脱ぐことができない。  だから俺も土足で失礼する。  ……シノハラさんの部屋は二階。  目の前には階段。  階段には真新しい靴の跡。  ここでまた、深呼吸一つ。 ケータイを開いて、アドレス帳検索。  発信。  篠原和瑞。  ワンダイヤル。  ツーダイヤル。 『もしもし? どーしたのソウヤ?』  明るい声だった。  中学時代のままだった。  さっきもそう感じた。  だけど今は違う。 「……いや、あのさ、久しぶりに遊びにいこうかなって」  話しながら階段を昇る。  一段ごとに、ガラスが砕ける、脆い音。  なんとなく、宝石のような青春の思い出、なんて言葉を思い出した。  なるほど。  その通り。 『えー? でも今部屋散らかってるしさー』  知ってるよ。  だけど言わない。  階段を、昇る。 「いや、その、すっげぇ言いづらいんだけどさ」  そして。  扉の前。 「――部屋、入ってもいいか?」  すると受話器の向こうからは諦めのような一筋の息遣いが感じられて。 「『……いいよ。どーぞ』」  電話と扉から、まったく同じ声がした。  それは中学時代からは考えられないほど静かな声で。  だけど俺はその声にようやく、中学時代と同じような親しみを感じることができた
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加