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嫌な、胸騒ぎ。
扉が開く音がして、うっすらと意識が戻ってきた。
ベッドの縁に腰掛けて頭を壁にもたれかけていた。
「悪い、起こしたか」
「…ううん」
ぼーっとして頭が働いていないまま首を横に振る。
ああ、そうだ。お風呂から上がって、入れ代わりに赤木がバスルームへ向かっていった。
それを見送った後、手持ち無沙汰になった。先に寝るのはどうかと思って赤木が出てくるのを待っていたのだが、うたた寝をしてしまっていたらしい。
「疲れたんだろ、もう寝ろよ」
赤木が濡れた髪をタオルで拭きながらあくびをする。普段見ることのない素の姿に笑ってしまった。
「…なんだよ」
蜜蜂と同じ様にもう一つのベッドに腰を下ろし向かい合う。赤木は怪訝そうに眉をひそめた。
「なんでもない」
「はあ?…たく、さっさと寝ろ」
立ち上がった赤木は呆れたように言い放つ。
そして子供にするように掛け布団を持ち上げられ、無理矢理ベッドに寝かされる。
「赤木お母さんみたい」
知らず笑みが浮かぶ。
「…嬉しくねえよ」
ぽつりとつぶやいた赤木はおもむろに蜜蜂の頬に手を伸ばす。触れた瞬間、自分でも分からぬまま体がびくっと震えた。けれどそれはほんの一瞬。
その指先が迷うように動いて、赤木の手の平が目の前にかざされる。考える暇もなく、視界が閉ざされた。
「お前はそういう風に笑ってればいい」
「…え?」
真っ暗な視界の中。
「全部忘れてくれ。あの時のことは犬に噛まれたとでも思っとけ」
「犬って…」
あの時、部屋のベッドでキスされたこと。
今の状況とまったく同じだ、皮肉にも。
「今まで通りでいい。…ていっても信用ねえな。ごめん」
赤木の顔が見えないのが無性に不安だった。
「なんで、…っ」
謝るの。
言葉にならなかった。最近涙腺が弱くなった気がする。赤木に関わることばかりで。
「おやすみ」
話は終わり。
視界を覆っていた手の平はゆっくりと外されたが、目を開けることはできなかった。
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