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「夕月」 空気が揺らぐ。目の前の人物が笑ったような気がした。実際、影になっていて彼の表情は窺えないのだけれど。 彼は微動だにしない。 だから本当に彼なのか、理由も無く不安になって、かざした手は戸惑うように宙を描いた。 「夕月」 「……」 「…おかえり」 思わず口から出た言葉。 引っ込めようとした手を取られ腰をかがめる。はっきりとした輪郭。同じ目線上で、夕月は言った。 「ただいま」 昔みたいだと思った。 夜遅くに帰ってくる夕月を玄関で待っていて、ドアが開く音に跳び起きる。おかえりなさいと言うために。あの頃は夕月が返してくれることはあまり無かったのだけれど。 この学園に入学してすぐの頃。 夕月と中等部の寮で同室だった。 自分は夕月のためだけに生きていた。夕月がいて、その隣に自分が立てるように必死だった。 夕月がいれば、それだけでよかった。 「泣いてんのかと思った」 ベンチに腰を下ろした夕月がくすりと笑う。 気まずくなって目を逸らしてしまった。 「そんなことない」 「へえ?まあお前は昔から隠れてメソメソ泣いてるような手間かかる奴だったからな」 「…そんなことない。え?ちょっと待って。な、なんで知ってるの」 うわあ、と恥ずかしさに顔を背ける。 言われてみればそんなことも多々あった、かも。 「今更。お前のことだからな」 「え?」 夕月を振り返ると、じっとこちらを見ていた。真剣な目に引き込まれる。 「俺は誰よりもお前の傍にいたから。なんでも分かるんだよ」 満足気に口角を上げ、何かを見透かすように目を細めた。 .
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