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たしかに、早く会いたいとは思っていたけれど。 …早過ぎないか。 だってまだ心の準備ができていないというか。 「…もしもし」 おそるおそる携帯を耳に当てる。 「ああ」 「うん」 「……」 「……」 電話越しの沈黙。 これは自分から何か言うべきなのだろうか、と逡巡したがその必要はなかった。 赤木がためらうようそぶりを見せた、ような気がした。 「…今から下降りてこれるか?」 その言葉を意味を理解するまで数秒。 ふと思い立って窓へ駆け寄った。 覗き込むように下を見下ろし息を呑んだ。 携帯を片手に赤木もこちらを見ていた。 目が合った瞬間、蜜蜂は踵を返し部屋のドアまで早足で向かう。 部屋を出る直前。 振り返った蜜蜂は小さな声でつぶやいた。 「行ってきます」 まだ寝ているであろう夕月には聞こえていなかっただろうけれど。 パタン、と静かに閉じられた扉。 部屋には寝返りを打つ微かな音が響いた。 ただ階段を降りてきただけだというのに息切れをしていた。 見知った、けれどなぜか懐かしく思える彼の姿。 まだ自分がいることには気付いていない。 深呼吸をして、ゆっくりと足を踏み出す。 「…、赤木っ」 それはきっとかすれて聞き取りづらかったに違いない。 けれど。 赤木は振り返って驚いたように目を見開いた。 そして、見惚れるほどの優しい笑顔。 意図せず頬が熱くなるのを感じた。 .
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