4/5
前へ
/25ページ
次へ
 眞臣は変人だった。父親同士が仲が良く、家も近かったため、薄香と眞臣は物心つく前からお互いを知っていたが、今も昔も眞臣の考えてることは、理解できない。  眞臣は四年前、軍人になるため故郷を出て行った。眞臣の父は、眞臣が幼い頃から、彼を海軍学校に入ることを望んでいたのだ。  当時軍部は、優秀な兵を手に入れるため、身分の隔てなく入隊試験を受けさせていた。中でも特に優秀な兵は、軍の負担でどんどん外国に送り出して学ばせる。時は文明開化。諸外国の圧倒的な力を少しでも吸収するために、政府は必死だった。  薄香からすれば、優柔不断で情けないだけの眞臣だが、彼の頭の出来は悪くなかったらしい。  眞臣はとんとん拍子に軍に入隊すると、二年後、英国へ留学した。  薄香は風の便りを聞いただけだが、軍部内で眞臣は随分と将来を嘱望されたらしい。時折耳に入る彼の話は、まるで知らない人の話みたいだった。  眞臣が英国留学したのは、二年前。そして半年前、日本に戻ってきた眞臣は、海軍を辞めた。  薄香の父を巻き込んでの、眞臣親子の言い争いの原因は、そこにある。  せっかく軍人になって、しかも将来を嘱望されて、英国留学までしたのに、すっぱりと海軍を辞めた眞臣に、敏臣は激昂した。裏切られた、とさえ思ったことだろう。そしてそれは、祖国に対しての裏切りだとまで発展した。  言い争い、というのは的確ではないと思う。眞臣は、父達に言い返さなかった。言われっぱなしだった。自分がしたことがどれだけ父を傷つけたか、解っているのだろう。穏やかな笑顔で、怒りをただ受け止めている。  父の反感を買ってまで眞臣が軍人を辞め、始めたのは、喫茶店だった。英国から大量に持ち帰った紅茶と茶器を使った店を、故郷の田舎で始めた。馬鹿じゃないかと、薄香は思う。帝都ならいざ知らず、薄香の住まうような田舎では、海外の文化は今ひとつ馴染み薄いものだった。着ているものも皆着物で、軍服で帰ってきた眞臣を見に、野次馬が集まったくらいだ。眞臣の喫茶店は、開店当初こそ、物見遊山で客が集まったが、やはり、英国の味は田舎者達には真新しすぎたのだろう。すぐに閑古鳥が鳴く状態になった。  軍人を続けていれば、栄達が約束されていたというのに。  やはり薄香は、眞臣が変人だと思う。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加