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目の前がぐらぐらする感覚も、胸を焼く嘔吐感も、頭の中に重い鉄が押し込まれるような頭痛も、薄香には慣れっこのことだった。
幼い頃から体が弱く、何かあってはすぐ熱を出した。生死の境を彷徨ったこともある。
同い年の子は、元気に外を走り回っているというのに、薄香に許されたのは、ふすまに切り取られた四角い部屋で、布団の上にじっとしていることだけだった。
ぼんやりと天井を眺めながら、薄香はため息をついた。
「どうしたの、薄香。長いため息ねぇ」
ふすまが開き、母の幸代が入ってくる。朝の薬を持っていた。薄香は身を起こす。
「別に、大したことじゃないわ。それより、夕べもひどかったわね」
「お父さん達ね。眞臣さんも、悪い子ではないのだけれどね……」
母の手から薬を受け取る。粉薬を口内に流し込むと、苦味が口いっぱいに広がった。
「眞臣の人生だもの、眞臣が何しようと勝手じゃない」
苦味を水で流してしまうと、薄香は言った。
「眞臣さんは長男で一人っ子だから、そうもいかないのよ。まあ、あのお店が軌道にのったら、お父さん達の態度も変わるかもしれないけど」
「どうだか。喫茶店なんて、こんな田舎じゃ馴染みが薄いわ」
「そうよねぇ」
母は頬に手をあてて、ため息をついた。それから思い出したように膝を叩く。
「そういえば眞臣さんから、昨日お見舞いをもらっていたのよ」
「お見舞い?」
「ええ。貴方に、って。でも、貴方昨日具合悪くなっちゃったでしょ。あげる前に眠ってしまったからって、預かってたのよ」
「なに持ってきたの?」
「金平糖よ」
薄香は眉をひそめた。
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