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「金平糖……」 「そう。貴方昔、とても食べたがってたでしょ? 覚えてらっしゃったのねぇ。今、持ってきたげるわ」 「いらない」  立ち上がろうとする母の、割烹着の裾をつかんで、薄香は引き止めた。 「あら、でも薄香、せっかくくださったのに」 「いいの。私、金平糖、嫌いだから。食べたくないわ」  そう? と母は納得いかない顔をしていたが、嫌いだというものを無理に食べさせるわけにもいかない。大人しく引き下がった。  母が部屋から出て行ってしまうと、薄香は布団を握りしめた。 (余計なことばっかり、覚えてるんだから)  よりによって金平糖なんかを見舞いによこした眞臣を、憎らしくすら思う。  瓶に入った、星のかけらみたいな色とりどりの金平糖。幼い頃は、憧れだった。どんな味がするのか、考えるだけでわくわくした。  けれど、今は……。  薄香の部屋の中は静かだ。ふすまが閉めきられた室内は、昼なお薄暗い。遠くから、女学校に通う少女達の、かん高い笑い声が響いていた。  天井を揺れる、電灯のひもを睨みつけ、薄香は唇をきつく噛んだ。
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