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夕食のあと、エルナはラジオを入れて音楽を聞こうと思った。
戦争中といえど1局だけ娯楽番組を放送していた。
戦争に苦しむ国民の緊張の糸を少しでもほぐそうという政府の配慮だった。
しかし、そのラジオをかけてもこの家に流れている重苦しい空気は少しも拭えなさそうだと思い、入れたスイッチを切り直した。
公爵は会社の関係の電話を何回もかけていたが、9時も過ぎると彼は椅子にかけ、レコードの音楽を聴き始めた。
「さっきも言ったが私は明後日にはクッテンベルクにいなければならない。だから明日の夜の汽車で出発するつもりだ。どうするエルナ?君も来るか?まあ、行ったら大分小さな宿舎住まいになるだろうし、慣れない土地では不自由も多いだろうが…」
公爵は言った。
彼以外に家族は無く、学校ではなく家庭教師のもとで指導を受けていたエルナを一人置いていくことは出来なかった。
「お父様は戦争に行かれるんですよね?わたくしも行かせてください。お父様に教えられてわたくしも飛行機が操縦できます。きっとお役に立ちます。ですから…「バカなことを言うんじゃない!!」
エルナの提案を今までに出したことの無いような大声で断じた。
エルナが飛び上がるが、彼は躊躇うことなく話を続けた
「いいか、君に操縦を教えたのは戦争をするためじゃない。人を殺すためではなく空を飛ぶ喜びを知ってほしかったからだ」
戦争の絶えぬ時代に生まれ、戦うことを強要され生きてきた彼が戦争の中で唯一得ることが出来た喜び。
それが空を飛ぶこと。
鳥や風と同じ空間にあること。
それを教えたかった彼からすればエルナの言葉は心外であったに違いない。
何も返すことが出来ずにオロオロするエルナに
「もう寝なさい。
それと、この話は今後一切しないように」
とだけ言うとレコードを止め、書斎へと歩いていってしまった
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