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これは、なんて名前なんだろう。
【シザーハンズ】
そこにあれば何の感情も湧かないのに、いざ無くなる時になって惜しくなる。
簡単に手放す癖に、手放した後になってから後悔をする。
触れてはいけないと、警告が頭の中でぐるぐる回る。葛藤しているのに、目の前にいれば安堵する。ただそれだけのことに、泣きたくなるほど弱くなる、胸の真ん中。
俺なんか見ていない、と。
知らない顔が、ただただ悲しくて、苛々させる。
なのに時折柔く穏やかに触れては離れていく指の先。
握り返すことなんて出来ないのに、何で。受け入れることなんて出来ないのに、何で。求めてはいけないのに、何で。
気づけば、何もない。
失うものも、だって手に入って無いのだから。
遠い。
気が遠くなるほど、遠い。
手を伸ばしても、届かない。手を伸ばすことを、許されていない。
なぁ、こっち向いて。
言える訳が無い。いつか無くなるなら、望んではいけない。絡み合うように身体を重ねるのは、そのときだけは欲されているような錯覚が、あるから。
「…香尋」
名前を呼ぶのは、名前を呼んで欲しいから。互いの位置を確認したいから。そう、これ以上近付いてはいけない。ほら、便利だ。解る、どれほど遠いのか。遠いままで、いいのだと。
汚れているんだ。
それを、望んだ。
守るため、戦うため。
そう、それが正しさだと。
俺の生きる意味だと、思っていた。
なのに。
吐き出す吐息は、重い。
「壱代」
笑おう。身体を苛む激痛、知らないフリをすればいい。簡単だ。
こんなに近くにいるのに。触れ合えるほど近くにいるのに。
何でそんなに遠いんだ、香尋。
楽しかった。
胸の真ん中、空洞だと思うことも無かった。言い争いだって、一瞬分かち合った同じ感覚だって、素直に美味いと言ってくれなかった料理だって。
思ってはいけないことを、思った。望んではいけないことを、望んだ。
この世界に生きていたいと、思った。
「………さよなら」
優しくて、眩しくて、暖かい何かがこの肌を通して伝わる。
誰よりも何よりも、俺は弱かった。
愛して愛して、愛して。
欲しいだけ。
これはなんて、名前なんだろう。
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