虚を掴む手

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   苛立たしい気配の笑顔で言い返そうとして、しかしツヴァイはこの会話の不毛さに気づいたか、一つ深々と息をついてそれを打ち切る。  だが、 「やったぜアリィ! 俺、遂に押し切ったよ! ほら、お前も呼んでやって呼んでやって!」 「めでとうございます、姫様?」 「御目出度くはありませんっ! 杏仁兎さんも、ちょっと何か言ってあげてくださいな!」  口を挟みたくありません。  それよりも御茶ください。 「……どうぞ」  会話の中でも淀みなく用意を進めていたツヴァイは、内心を表さない丁寧な動きで茶を注いだ器を杏仁兎とアリィの方へと置いて、最後に残った一つを自分の手元に引き寄せる。  と、そこでエンダーが手を挙げた。 「あの、なんかカップの数少なくない? 具体的に言うと、俺の分」 「貴方には出しません」  にっこりと完璧な笑みでツヴァイ。  先ほど“大人の態度”でいなそうとしたのを思い切りぶち壊されたせいか、見事なまでの子供の対応。彼女のそんな態度に、しかしエンダーはどこか得意気な様子で、 「そういうガキみたいな嫌がらせは正直どうかと思うなー俺は。ちょっと言い負けしたくらいでその態度って、自分の器の小ささをひけらかしてるような?だぜ? 俺は姫様をそんなチャチな人間――じゃない、人形としてみたくはないんだけどなー?」  などと言うのだが。 「そうですね。でも出しませんけど」 「いけ好かない相手に対しても、変わらない対応で迎えるのが正しく健やかな対応だと思うんだけどなー? 御茶の一杯も素直に出せないようじゃ、この立派な船の管理者としてはちょっとばかり度量が足りないと言わざるを得ないよなー?」 「そうですね。それでも出しませんけど」 「…………」 「…………」  二人はそのまま無言で、暫くの間睨み合って。 「……御免なさい、ツヴァイさん。御茶下さい。実は結構楽しみにしてたので」 「宜しい」  一転がっくり肩を落とすエンダーと、より笑みを深くしたまま鷹揚とに頷くツヴァイ。  そんな茶番劇を眺めながら、杏仁兎は出された茶を口に含み、相変わらずの味に満足の吐息を一つ。 と、 「――――」  アリィがじっと机の上の本を見ている事に気づいた。  皆もそれに気づき、視線が彼女の見つめる先に集中する。  その本は何処かで見た記憶があった。  確か、そう。 「これは、“竜の迷宮”」
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