虚を掴む手

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   顔を上げたアリィは、椅子に腰を下ろしたツヴァイに短く言う。対し、ツヴァイは自身のカップを脇にずらしてその本を手に取り、 「はい。杏仁兎さん達が脱出した後、本の変質がある程度落ち着きましたので、黒星さんから借り受けました。正確には返却して頂いた、ですけれども」 「この前の奴、調べてたのか?」  ――この前。  エンダーのその言葉と、“竜の迷宮”という名で思い出されるのは、先日“黒星の玩具箱”で起きた、とある出来事。  黒星の所持していた単書に異常現象が起き、エンダーとアリィが内部に取り残された、あの話だ。  ツヴァイからの要請を受けてその単書の中へと赴いた杏仁兎は、紆余曲折の末エンダーとアリィを無事発見し、何とか彼等と共に本から脱出する事が出来た。  だが、二人と合流した時に見た、奇妙な“揺らぎ”。  そして、空間から染み出してくる、異様な“膿”が如き何か。  本来“竜の迷宮”の中に存在しないらしいその二つと、そもそもエンダーとアリィが本から出れなくなったという異常現象の原因については、結局謎のままだった。 「てーか、あれって実は元々本に書かれてた内容通りって訳でも、黒星やツヴァイが仕掛けた試練とか悪戯って訳でもねーんだよな?」  楽しみにしていたという割に、くぴーと一気に茶を飲み干しながらエンダーがそう言うと、ツヴァイは少し眉を寄せ、睨む様に目を細めた。 「本の表記にはない出来事だったのは、前回の私や黒星さんの反応を思い出してもらえば理解して頂けると思いますが。悪戯は……流石にそこまで悪趣味だと思われているのは心外という他無いのですけれど」 「わりぃ、口が過ぎたな」  先程の“姫様”の時とは違い、エンダーはしつこく続ける事無く素直に謝罪する。彼のこういった場の空気を読む勘の良さは流石というべきだろうか。  思いつつ、杏仁兎は今までの話の流れを辿って、 (……ふむ)  内心の頷きと共に、一つの予想を口にする。  ――つまり最初にツヴァイが言っていた“御話しする事”とは、この“竜の迷宮”で起きた変事に関する話なのだろうか。
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