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桜咲く頃、春風のような人に恋をした。
北海道は函館。
夜景とイカの街。
世界3大夜景の1つ。
そんな肩書きはあるけど、観光地である以外に何のとりえもない田舎で、23歳の香はくすぶっていた。
いつもと変わらない朝を向かえ、いつもと変わらないメイクをして、いつもと変わらないバイト。
くだらない話をして笑うほかは、特に面白いこともない日常。
「今日から来てくれることになった赤井くん。よろしく頼むね。」
喫茶店のアルバイト。
まだ準備中、店長が唯一の社員・吉田さんとバイトの香に声をかけた。
振り向いた香と吉田さん。
その瞬間、香は恋をした。
「赤井寛太郎です。よろしくお願いします!」
その笑顔に胸キュン。
♪き~み~に む~ねキュン
って、歌が聴こえた気がするくらいの胸キュン。
一目惚れってやつを、香はしてしまったらしい。
厚化粧の吉田さんが香の横で呟いた。
「あら、いい男じゃない。」
全く吉田さんの言うとおりだった。
爽やかな笑顔で、スラッと背の高いイケメンがそこにいたのだ。
吉田さんがしゃがれた声で自己紹介をして、香を肘で小突いた。
「何、ボォーッとしてんのよ!」
彼に見とれていた香はハッとした。
「桃井です。よろしくね。」
「よろしく!」
目を細めて笑う彼が、手を差し出した。
その手に手を重ねた瞬間、一気に香は恋の奴隷になった。
そりゃあもう、見事なほどの奴隷っぷりだった。
細くしなやかな指先。
そのくせ、大きくて香の手をスッポリと包み込む手を離したくないと思ったくらいだ。
「桃井さん、そろそろ離してくれませんか?仕事が……」
「何してんのよアンタ、さっきから!」
離したくないって言うか、離さなかった。
吉田さんに体を引っ張られるまで、がっちり掴んでいた。
そのくらい一瞬で好きになってしまったんだ。
春風のような、温かい匂いのするその人に。
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