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夜も更け、香と寛太郎は明日のバイトのことも考えて、他の常連さん達より先に店を出ることにした。
話は尽きないらしく、おじさんたちが寛太郎を引き止めるが、それもいつものことのようで和子さんがなだめてくれた。
店の外に出ると、あまりの寒さに香は身震いをした。
4月目前なのに、今年の函館は随分と寒い。
3月下旬になっても雪がちらついたりするし、夜は恐ろしく寒かった。
異常気象ってやつかもしれない。
あからさまに寒がる香を見て、寛太郎が笑った。
香の手を取ると自分の上着のポケットにしまう。
「上着貸してあげたいけど、俺も寒いからこれで我慢して。」
ちょっとだけ申し訳なさそうに眉を下げて笑う寛太郎だったが、それに反して香はその気遣いが嬉しかった。
繋いだ手から伝わる熱で、全身が温かくなっていく気がするほどだ。
スナック和子のある吉川町から、2人は陸橋を超えてガス会社前まで歩くことにした。
少しでもタクシー代を節約しようということらしい。
寛太郎は寒いし、いくらも変わらないよと香に言ったのだが、香が頑として譲らなかったのだ。
車なら1分もかからないで降りてしまう陸橋を10分近くかけて2人は歩いた。
「ねぇ、寛太郎?」
「何?」
「私と一緒にいるより、あのスナックに行くことの方が大事なの?」
歩きながら、香は何でもないことを聞くように寛太郎に問いかけた。
寛太郎が返事に詰まる。
「そうなんだ……」
香が自嘲気味の笑いを浮かべた。
それを見て寛太郎が話し出した。
「違うよ!香といると楽しいし、俺は香が好きだよ?
だけど……あそこには行かなきゃならないっていうか……」
口篭る寛太郎。
なにやら煮え切らない雰囲気。
俯いた寛太郎に香は目を向けた。
そんなに自分を好きだと言い切れるのに、どうしてスナックに行く理由をハッキリ言えないんだろう。
香は不思議に思った。
それも、言うことに事欠いて「行かなきゃならない」って……。
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