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タナベは溜め息混じりに声を落とした。
「……それは本当なんですか?」
「たぶん……な。さっき連絡があった。凶器の包丁から、安西七瀬の指紋が出たらしいよ」
ふっ、と一瞬、脳裏にあの光景が過る。
――土の湿ったにおい。
騒然とする人だかり。
まるで夢を見ているような。
視覚と思考がうまくリンクしていない浮遊感。
玄関に広がったシミ。
包丁。新史さんを殺した包丁。
その包丁に……指紋? 俺の、指紋? 触ってもいない物に、なんで俺の……。
俺は意味がわからず、鈍りかけた脳の回転を急かす。
「でも、指紋が出たからって被疑者だとは限らないじゃないですか」
息を荒げる若い男――ヨコヤマを、タナベは「まぁまぁ」となだめる。
「まぁまぁ、落ち着けって。誰もそんなこと言ってねぇよ。あくまで可能性があるってだけだから。な?
それにお前、指紋だぞ、指紋。『あの一件』で『上』も敏感になってるみたいだけど、本当なら任意で引っ張るとこなんだからな?」
「それは……そうですけど……」
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