突然の旅立ち

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喫茶店からは公園を歩く人々の姿が見えた。 店内に漂うコーヒーの香りがとても落ち着く。   「つまり」 里美がカップについた口紅の跡を指で拭いながら言った。   「来月からは東京人、って事ね。4年間の期限付きで。」   今年の札幌は雪が少なく、3月の頭なのにすっかり雪は無かった。   「そう。行く筈だった同僚が会社を辞めたせいでね。」 肩を竦めながら僕が答える。   「ふぅ……」 頬杖をつきながら里美がため息を漏らした。 「別れ話じゃないようね。」   「何言ってるんだよ、そんな訳ないだろ!ふざけるなよ」 僕は驚いて大声を出してしまった。   「ごめんごめん、だって『大切な話があるから明日会えないか』なんて真剣に言うんだもん」 やっと里美の笑顔を見れた事で僕は急に安心した。   大学のサークルで僕は里美と出会った。彼女は2コ下になる。 肩までのしっとりとした髪と、右目の下の泣きボクロが印象的だった。一目ぼれだ。 そのサークルでも特に気の合った5人組で、社会人となった今でもよく遊ぶ。   27歳の僕と25歳の彼女。付き合って5年。そりゃ喧嘩もしたけど、仲は良い方だと思う。 僕は商社の営業、彼女はイベント会社の企画のタマゴだ。   「でも良かったよ、里美がそこまで落ち込んだりしなくて」 僕はアイスコーヒーをかき混ぜながら言った。   「悲観論って役に立つのね。別れ話かと思っていたからショックは小さいわ」 里美は小さく微笑んだ。   「それに」 僕の目をまっすぐ見ながら里美は言った。 「大丈夫でしょ?わたしたち」   僕は嬉しかった。正直に言うと、里美に泣かれたらどうしようと思っていたのだ。 「当たり前だろ。俺は距離には負けないよ」   里美が笑う。 「そうよね。札幌とN.Y.に離れる訳じゃないし」 「Air.Doもある。マイレージも溜まる」 僕が答える。 そうだ、僕たちなら遠距離恋愛でも上手くやっていける。
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