突然の旅立ち

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急にどこからかベートーベンの運命が聞こえた。 「ごめん、私だわ」 里美がバックから携帯電話を取り出す。 「タマ子よ。転勤の事、誰かに話した?」 僕は首を横に振る。   タマ子こと三又珠美は里美の高校からの親友で、里美と一緒にサークルに参加したのだ。 突然携帯電話で話していた里美が、その携帯を僕に突き出した。   「もしもし?タマ子?」 『デート中にすいませんねぇアキオ先輩!転勤って本当ですか?』 「うん、今里美に話した所だよ」   『里美となら遠距離でも大丈夫ですよ!別にインドの山奥に行く訳じゃないんだし!』 「まぁね。心配ありがとうな」   『送別会させてくださいね!それと浮気しちゃダメですよ!』 「分かった分かった、里美と替わるぞ」   おしゃべりで人なつっこいタマ子は、こちらが切らないとエンドレスで話し続ける。 それは周りの皆が心得ている。 やがて里美も僕のアイスコーヒーが無くなったのを見て、タマ子との通話を止めた。   「そういえば慶太に転勤の事を話してないな」 僕は急に慶太の事を思い出した。大学で知り合った僕の親友だ。   「大丈夫よ。タマ子が今頃回覧板回してるから」 里美が笑いながら言う。   「明日の今頃には日本中に知れ渡るな」僕も真面目な顔で応える。   「アキオ、準備は?どうするの?」 「うん、急な話だったけど本社の方で元同僚が決めてた部屋を押さえてるらしいから、 来週一旦下見と本社への挨拶も兼ねて東京行ってくるわ」   「そっかぁ……」 里美が物憂げに俯いた。 「なんか、やっぱり寂しいね」   「ごめんな」 僕は本当は行きたくない。 会社の方針で、各支社から3~4年程度本社の方に若手を異動させるのが通例らしい。 本社と支社の通りを良くするのと、支社の人材育成も兼ねている。 一応は我が社のエリートコースに乗った事になるらしいが。   「仕事でしょ。そんな台詞言わないの」 里美が僕のおでこを軽くつつく。   里美は今の仕事が楽しい。早く自分の企画でイベントを動かす事が彼女の目標だ。 ついて来い、なんて言えない。   「ねぇ」 里美がテーブルの上の僕の手を握った。 「私も頑張るから、アキオも私の事を忘れないで」 僕はその手を強く握り返す。 「忘れない。離れていても、絶対に忘れない」
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