163人が本棚に入れています
本棚に追加
報われない思い
「マスター!もう一杯!」
空になったグラスをバンッと叩き付けるかのようにカウンターに置くと、神崎仁史【カンザキ サトシ】は声を荒げてマスターを呼ぶ。
常連客であり、仁史とは知己であるマスターは食器を洗う手を止めると、ゆっくりとした歩調で彼の元へ向かい、空いているグラスを下げる。
そして棚に並んでいる酒瓶の中から仁史がボトルキープをしている瓶を手に取ると、キャップを外して空のグラスに注いでいく。
グラスの中間目辺りまで琥珀色の液体を入れ、液体が周囲にはねないように大きな氷を入れて仁史の前に差し出す。
店に入った時から置いてある真っ白なコースターはグラスの水滴を吸収したせいか少し変形している。
それを新しいのに差し替え、その上に酒の入ったグラスを置く。
仁史は目の前に出されたグラスを手に取ると、一気飲みをするかのような勢いでゴクゴクと飲みだした。
「神崎様、程ほどにしませんと明日に響きますよ?」
「うるさい!これが飲まずにいられるか!」
マスターの制止を一喝で黙らせると、仁史は空になったグラスをマスターに差し出した。
そして『もう一杯!』というと、マスターは渋々と空のグラスを仁史から受け取り、再びお酒を注いだのである。
(これが飲まずにいられるかよ!)
心の中で悪態を吐きながら、再び目の前に出されたグラスを持ちゴクゴクとお酒を飲み始めた。
一ヶ月前、小学校からの親友だった国府津雅貴【コウヅ マサキ】が亡くなった。
病気でもなく、事故でもなく、自殺だ。
雅貴が亡くなったことを大学の後輩であり、雅貴の元妻である御所野可奈子【ミソノ カナコ】から連絡を受けて、仁史はショックと同時に怒りを覚えた。
(雅貴のバカ野郎!俺に可奈子ちゃんを大事にするって約束しやがったのに!)
司法解剖の結果、雅貴は大量の睡眠薬を服用したことによる中毒死。
しかも雅貴は十八歳年下の同性と一緒に死んでいたらしい。
つまり、心中だ。
可奈子から詳細を聞いた仁史は当初、全く持って信じられなかったし、真実を受け入れることができなかった。
だが、時間が進むにつれて雅貴と心中した男が彼の元教え子だったことを知り、更にショックを受けた。
「雅貴のバカ野郎!」
大声で怒鳴り、仁史は半分になっているグラスの中身を一気に飲み、空になるとオーナーに『お代わり!』と言っては追加オーダーをした。
最初のコメントを投稿しよう!