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幾つ雲を見送っただろうか。
空がいつの間にか青からオレンジに変わるころ。
今まで誰も立ち寄らなかった休憩スペースに、始めて誰かが近寄ってきた。
始め、“誰か”は少年を興味深そうに遠くから見ているだけだったが、ついに笑いながら近寄ってきた。
「やあ」
優しい声。少年を覆い被さるように影を伸ばし、言った。
少年は上を向けていた首を、前を向ける。長いこと固定いた首は動かすと少し痛みが走った。
少年は笑う。ニッコリと。
子どもらしくない、完成された作り笑顔だった。
「こんにちは」
これが今日、少年が発した始めての言葉だった。
「隣り、座っていいかい?」
ベンチを指差し、“誰か”が少年に問う。
少年は小さく肯いて、お尻を移動させた。ほんとは動かなくても座れたのだが、自然と動いた。
「ありがとう。疲れていてね。座りたかったんだ」
“誰か”は「どっこらしょ」と声を出して座る。座るのに声が必要なのかと、少年は思った。
少年から見る“誰か”は、優しそうなおじさんだった。
チューリップを逆さまにしたような帽子を被り、不潔にならない程度に髭を伸ばしている。
茶色の髪が帽子の下からチラチラ見え、なんとなくカッコいいなと思ってしまった。
服装は、だらしがなかった。
全てがダボダボ。袖も裾もウエストも。1つどころか2つほど上のサイズを選んだとしか思えない服。
色は原色を多用し、目がチカチカした。
「おじさんが珍しいかい?」
少年の目線に気付いた“誰か”が訊く。視線に対して咎めているわけではないと雰囲気でわかった。
どちらかと言えば、楽しんでいるようだった。
少年は素直に頷く。
“誰か”はそうだろうそうだろうと豪快に笑った。
「君の名前は? ……と、見知らぬ人には名前を教えないのが普通だな」
“誰か”は口を尖らせる。拗ねていたわけではない。考えていたのだ。
少年がさっきそうしていたように、首を曲げて上を見る。少年はそんな“誰か”を見つめていた。
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