1人が本棚に入れています
本棚に追加
あれは琴音の3歳の誕生日、夫は琴音を連れて出かけていた。
前からねだっていたフルートをプレゼントとして買ってやったそうらしい私はこの日、友達と会うとうそをついた。
会っていたのは、佐倉慧(さくらさとし)結婚前の恋人だった。
彼は才能にあふれていて私はそんな佐倉に惹かれていた。
もちろん結婚も考えていた。
だけど結婚することは、できなかった。
私には親が決めた婚約者がいた。
そして突然に彼は私の前から消えた。
板挟みで悩む私に見切りをつけたのだろう。
だが事は簡単ではなかった。
夫、結城と結婚してすぐに私は妊娠していることに気づいた。
夫の子ではない、間違いなく佐倉の子だ。
だが結城は何も言わず、琴音を可愛がってくれていた。
彼はそれだけに留まらない大きな愛で、私と琴音には特にたくさんの愛情を注いでくれていた。
その佐倉が突然会いたいと言ってきた。
あの時、夫に同行していたら、あの悲惨な事故は起こらなかったかもしれない。
<琴音ちゃんだったね>
突然に切り出され、私はドキリとした。
<ぼくの子だね>
私は激しく首を振る。
だが生み月をしれば、すぐにわかることだった。<まさか君が身ごもってるとは思わなかった。だから身を引いたつもりだったのに>
<琴音は結城の子よ。あなたには関係ない>
<亜麻音、だったら今日、どうして会うのを承諾したの>
<それは…>
<今、オーストリアを拠点に公演をしてる。やっと認められてきたんだ>
<それは良かったじゃない>
<亜麻音、君は幸せなのかい。琴音ちゃんの父親は僕だ。君は贖罪を抱えているんじゃないか>
<そんなことはないわ。結城は心の広い人よ。何も言わずに琴音を可愛がってくれているわ>
<だったらなおさらじゃないか、琴音を連れて一緒にこないか?親子三人でやりなおそう>
私は首を縦にうなずくことはできなかった。私の中ではすでに佐倉は過去の人であり、夫、結城の存在が大事なものでありその証に結城の子を身ごもっていたのだから。
最初のコメントを投稿しよう!